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三田村城

別名- 滋賀県長浜市三田町 伝正寺
案内板アリ


三田村氏 当時の城主とされる三田村左衛門は今井定清と縁戚関係にあったと「嶋記録」にあり、元亀元年 織田信長が攻めてきた時は横山城の城守を務めていたと「信長公記」にみえる。姉川合戦後は小谷城中ノ丸に篭もっていたが同3827日 秀吉を通じて降伏したものの討伐されたと「総見記」は伝えており77名が70士と称する通称 西三昧の地に葬られたと伝えている。なお、伝正寺は三田村城の本丸的な存在であったと考えられ、朝倉景健本陣を当寺に置いた可能性は強く、「佐々木南北諸士帳」には三田村左衛門大夫氏光・同相模守・多賀備中守が居住したと伝える。

                  

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